いかなごの くぎ煮 発祥の地

いかなごのくぎにはっしょうのち

 
撮影:
2019年6月(写真 まさ・なち さん)

地下鉄海岸線 駒ヶ林駅の南西すぐにある駒林神社(神戸市長田区駒ヶ林町3-7-3)の鳥居前に、いかなごのくぎ煮振興協会によって建立された。

瀬戸内海で獲れる玉筋魚いかなごを醤油・砂糖・生姜で煮詰めたいわゆる(東京で言うところの)佃煮にすると、できあがりが錆び釘のような姿となることから、釘煮くぎにと呼ばれ、折れ釘のように折れ曲がっているのが特徴。漁期が春なので、春先になると地域には甘辛い香りがただようと言う。

なお、イカナゴは関東では小女子こうなごと呼ばれている。コウナゴの佃煮は釘煮のように折れ曲がらないかというと、そういうこともない。

山陽塩屋駅近くにあった「いかなご釘煮発祥の地」碑は、いつのまにか見当たらないようです。


「くぎ煮」は佃煮製造社の登録商標です(第1988658号)
「く」の形が気に入ったのでしょう(邪推です)

写真

  • いかなごのくぎ煮発祥の地
  • いかなごのくぎ煮発祥の地
  • いかなごのくぎ煮発祥の地 碑文
  • いかなごのくぎ煮発祥の地 背面
  • いかなごのくぎ煮発祥の地

碑文

いかなごのくぎ煮 発祥の地

〜いかなごのくぎ煮発祥の地〜

いかなご漁は一千年以上前から駒ヶ林で行われている。
かつてこの碑のある地点までが砂浜であったころ、この砂浜では左義長祭が行われていた。東西がそれぞれのお山を上げ、神社から出た行司のお山の前にて倒しあいをし、勝った方が網入れの優先権を得る。そして底引き網にていかなご漁が行われた。
左義長の始まりは平安時代の永延二年(九八八)と伝わっており、遅くともその頃にはいかなご漁が始まっていたことが伺える。底引きで捕られるいかなごは成魚となったフルセである。平安時代、駒ヶ林には玄蕃寮(現在の税関にあたる)の出先機関があり、大陸との外交の要所であった。そのことから当時は希少な砂糖がすでに出回っていたと思われる。そしていつしかこの地ではいかなごを砂糖と醤油、生姜で炊いて食し始めた。
いかなごのくぎ煮振興協会はこれらの歴史を示すべく浜に面した此の地に石碑を建てた。

地図

地図

長田区 駒林神社 付近 [ストリートビュー]