芦名マリン・リゾート 発祥の地

あしなまりんりぞーとはっしょうのち

JR横須賀線 逗子駅・京浜急行 新逗子駅と、京浜急行 三崎口駅の間は、国道134号で三浦半島の西岸を通って結ばれており、それぞれ駅から約10kmの中間点。国道から逸れて海に向かって進むと芦名あしな海水浴場がある。海水浴場北の芦名橋を渡ると十二所神社の大きな石碑があり、十二所神社に向かって路地に入ってすぐの民家の塀の土台部分に、黒い石板が埋め込まれている。

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碑文

芦名マリン・リゾート発祥の地

相模湾から富士山を望める、この場所には、関東大震災まで網元の井本家が居を構えていた。

太平洋戦争終了後まもなく、横浜の時計商・臼井和助翁が土地を借受け、 別荘を建て漁船を備えて、この地の豊かな漁場で釣りを楽しんだ。

近くの横須賀の米海軍将校の瀟酒な住宅やボートハウスと共に、 今日の芦名マリン・リゾートの先駆けであった。

半世紀以上前の事を知る人も僅かになった現在、これを記念してこの銘を記します。

地図

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横須賀市芦名 付近 [ストリートビュー]