早船発祥の地

はやふねはっしょうのち

早船屋発祥の地の石碑と同じ敷地の道路端に、説明板が立つ。

  • 力太郎のブログ
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写真


碑文

早船発祥の地

新河岸川を航行していた船の種類には、不定期の並船なみふね(往復一週間〜十日)、急船きゅうぶね(往復三、四日)、飛切船とびきりぶね(今日下って明日上る特急便)、雁船かりぶね(さつま芋・野菜等、特に秋〜冬の雁が渡来する時期に運航する船)等があり、舟運の最盛期である天保期には上客を主とした早船はやふねと呼ばれる船も登場しました。早船は上客を主として運ぶ屋形船の定期便で、一往復で4日から5日を要し、急を要する軽い荷物も扱っていました。

早船は天保二年(1831)に砂村の船持船頭、善兵衛が始めたものを、下福岡の船持船頭の栄次郎が引き継いだものです。この下福岡の早船屋がある場所は、荷船や渡し船の船着場で、早船屋は宿屋も営業していました。

早船屋(吉野家)に伝えられた339点の古文書の主な内容は、川越と江戸を早船(上客と軽貨物取り扱い)で往復した栄次郎に関するものと、幕末の黒船来航に際して海岸警備を命じられた川越藩から、船による御用貨物運搬を任された吉五郎に関するもので、ふじみ野市指定有形文化財「早船屋文書」として、大切に保管されています。

地図

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ふじみ野市福岡 付近 [ストリートビュー]