津軽藩 発祥之地

つがるはんはっしょうのち

五能線 陸奥赤石駅から南へ8km、種里城たねさとじょう跡(西津軽郡鰺ヶ沢町種里町大柳90)入口に石碑が建つ。石碑の近くには説明や地域図もある。

津軽藩は、大浦氏5代目である為信が南部氏から独立したことで始まる。その意味においては大浦為信=津軽為信が津軽藩の始祖であることは間違いない。しかし為信はそう考えなかった。

為信は先祖である初代大浦氏である大浦光信=南部光信ことが津軽藩の礎となったとし、その居城であった種里城を発祥の地として保存してきたらしい。

写真

  • 津軽藩発祥之地
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  • 津軽藩発祥之地 碑陰
  • 種里城入口広場端の地域図
  • 津軽藩発祥之地 説明
  • 津軽藩発祥之地 説明

碑文

津軽藩発祥之地

始祖光信公四百五拾年祭記念

義孝書

昭和五十一年十月八日

鰺ヶ沢町長 齋藤禮次郎 
建之

光信公と種里城跡

戦国時代の初めにあたる延徳3年(1491)、大浦光信公は南部下久慈(岩手県久慈市)から軍勢を率いて種里に来たとされています。光信公は種里城を拠点に、着々とその勢力を広げました。
大永6年(1526)、光信公は種里城において死去しますが、後に5代目為信公(初代津軽藩主)により津軽統一がなされました。こうして光信公は、後の津軽藩において始祖として敬われ、その居城であった種里城跡は「津軽藩発祥の地」として大切に保存されてきたのです。
種里城跡は、平成14年(2002)、「津軽氏城跡」(種里城跡・堀越城跡・弘前城跡)として国史跡に指定されました。

地図

地図

鰺ヶ沢町種里町大柳 付近 [ストリートビュー]