わが国最古の国家築城

わがくにさいこのこっかちくじょう

JR鹿児島本線 基山きざん駅から北西に約6km、基山草スキー場から歩いてすぐのところに、基肄城趾の大きな石碑と共に、副碑がある。

基肄きい城は福岡県筑紫野市と佐賀県三養基郡基山町にまたがる基山きざんに築かれた、日本の古代山城(朝鮮式山城。1954年(昭和29年)3月20日、「基肄きいきいのき)城跡」として国の特別史跡に指定。

写真


碑文

特別史跡 基肄(椽)城跡

大化改新後間もない六六三年に百済援助のわが水軍は朝鮮の白村江の戦で新羅援助の唐軍に敗れ天智天皇は朝鮮から軍を引きあげられた 翌六六四年に防人及び烽を対馬壱岐筑紫に置き筑紫に水城を築いて新羅と唐に対する防備を固めるとともに六六五年には太宰府防衛のため筑紫の大野城と南北相対して肥前に基肄城を築かれた
西峰を基山東峰を坊住山といいこの二峰間を北は築堤によって結び南は石垣で連結しその延長戦は四千二百米に及んでいる 城跡には展望所土塁石垣水門礎石門址等が残っている
展望所は西峰の中央部にあり この付近を南北にめぐっている土塁線の外側は急崖となり内側は車路と称する平坦地が続いている門址は北端の北帝門址東北の萩原口門址東南の仏谷門址の三個所がある水門は南端近くにあって両峰の谷の水を排水する施設であって周囲には高さ約七米三〇の石垣が築かれている この城跡には二〇数個所に石群がありまた古瓦が出土しているがこの中には城山四王院関係のものも含まれていると推定される
この基肄城跡は日本書紀 続日本紀 万葉集などに椽城 記夷城などと記されてわが国における史上最古の国家築城でありしかも規模雄大な朝鮮式山城として歴史上重要な城跡であって昭和十二年十二月に史跡 昭和二十九年三月に特別史跡に指定された

昭和四十年三月

文化財保護委員会
基山町教育委員会

地図

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基肄城 付近 [ストリートビュー]