ジェットエンジン発祥の地

じぇっとえんじんはっしょうのち

山陽本線 西明石駅から南東に500m。川崎重工業㈱明石工場(明石市川崎町1-1)の構内。川崎重工の通用門 西門を入ってすぐ右手の建物ガスタービンビジネスセンターのエントランス前植え込みの中に平板状の石碑が建っている。

ジェットエンジンは、外部から取り込んだ空気を圧縮して燃料を燃焼する事によりジェット噴流を生じさせてその反作用を利用するエンジンで,主に航空機に使用される。ジェットエンジンを搭載した航空機は、明治43年(1910) にルーマニア,昭和14年(1939) にドイツ,昭和18年(1943) にアメリカで それぞれ開発されたが,性能が劣っていたため実用にはならなかった。

最初に実用されたジェット機は,ドイツの戦闘機“メッサーシュミットMe262”で,第二次世界大戦中の昭和19年(1944) に試験飛行中にイギリスの“デ・ハビランド モスキート”と交戦した。しかし既にドイツ軍が劣勢になっており,機体もロケット弾も数が不十分でそのまま敗戦を迎えた。

日本では,同盟国ドイツからメッサーシュミットの技術が伝えられ,陸海軍両方で開発が進められた。日本で最初のジェット機は海軍の“橘花”で,敵艦船を攻撃する特攻機として開発され,昭和20年(1945) に低空飛行での初飛行に成功したが,敗戦のため実用に至らなかった。

しかし この“橘花”以前に開発され,試験飛行が行われたジェットエンジンが存在する。川崎重工が開発した“ネ−0”の名前で呼ばれたもので,昭和18年(1943) に双発軽爆撃機“キ−48Ⅱ型”の胴体下に吊り下げて試験飛行が行われた。このエンジンは圧縮機もタービンも持たない“ラムジェット”であり,レシプロエンジン機の緊急増速用補助エンジンとして用いられた。“ネ−0”は,陸軍が昭和17年(1942) から開発していたもので,開発期間が1年と短期であったこと,耐熱材料が乏しい中の開発であったため,本格的なジェットエンジンの開発に先立って 日本独自のジェットエンジンの基礎実験のために製造されたものであった。

通常は工場敷地内を歩いたり撮影したりすることはできないが、70周年工場祭で多くの一般人が立ち入り、見物することができた。

写真

  • 川崎重工明石工場
  • わが国ジェットエンジン発祥の地
  • わが国ジェットエンジン発祥の地 英文碑文

碑文

わが国ジェットエンジン発祥の地

1943年12月23日わが国で初めて飛行試験に成功した
「ネ−0」ジェットエンジンは当工場で開発された

創立100周年を記念してここに記念碑を建立する
1996年10月15日 社長 大庭 浩

THE BIRTHPLACE OF THE JET ENGINE IN JAPAN

The first Japanese Ne-0 engine was developed at this factory and made its first successful flight test on 23rd december 1943.

The monument commemorates the centenary of our company's foundation.

H.Ohba

Dr. H. Ohba Chairman & Chief Executive Officer 15th October 1996.

地図

地図

明石市川崎町 付近