大阪 外国語 大学 発祥の地

おおさかがいこくごだいがくはっしょうのち

近鉄 上本町駅の南500m。“上本町6丁目”の交差点から上町筋を南に進むと, 大阪国際交流センター(大阪市天王寺区上本町8丁目2-6)があり, ここに大阪外国語大学発祥の地碑が建っている。

大阪国際交流センターの敷地は, かつて大阪外語大があり、上八学舎と通称された。さらにその前は 天王寺高校(旧制 天王寺中学校)があった。時系列でみると 次のようになる。

〔天王寺高校〕

1896(明治29)年
大阪府第五尋常中学校設立
(現天王寺区下寺町1丁目の大蓮寺境内)
1901(明治34)年
大阪府立天王寺中学校と改称
1879(明治30)年
この地(天王寺区上本町8丁目)に校舎を竣工, 移転。
1919(大正8)
現・阿倍野区三明町2丁目に新校舎が完成, 移転。
1948(昭和23)年
大阪府立天王寺高等学校と改称)

〔大阪外語大〕

1921(大正10)年
大阪外国語学校として この地に創設される。
1949(昭和24)年
大阪外国語大学となる。
1979(昭和54)年
箕面市粟生間谷に移転。

〔大阪国際交流センター〕

1987(昭和62)年
国際交流の場・市民の国際感覚を培う場として, 大阪市により この地に設立された。

大阪外国語大学は平成19年(2007)に廃止、大阪大学外国語学部となった。また令和3年(2021)には粟生間谷の箕面キャンパスは箕面船場阪大前駅前のビルに移転する。

写真

  • 大阪外語大発祥の地
  • 大阪外語大発祥の地

碑文

大阪外国語大学発祥の地

 この地は,当地の株式会社林汽船社長林蝶子 女史が 父君竹三郎氏の遺志により 壱百万円を 国庫に寄附せられ,もと大阪商船社長,当時の 文部大臣中橋徳五郎氏の示唆により,貿易促進, 国際交流振興のために 大正11年 大阪外国語学 校,のちの大阪外国語大学の設立をみた学舎の 跡地である。ここから多数の有為の国際人が育 っていったのである。
 なお,同窓生が当時を偲ぶよすがとして,当 センターの玄関ホールに彫刻界の元老淀井敏夫 先生作のブロンズ像を寄贈設置した。

昭和62年9月

大阪外国語大学同窓会

大阪外国語大学発祥の地碑

地図

地図

大阪市天王寺区上本町8丁目 付近