バナナの 叩き売り 発祥の地

ばななのたたきうりはっしょうのち

 
調査:
2018年11月(写真 まさ・なち さん)

鹿児島本線 門司港駅の北東側の再開発されたプロムナードに、白い石柱が建てられている。

バナナが最初に日本に持ち込まれたのは明治30年代半ば。 大量輸入されるようになったのは 明治40年代に入ってからで, 昭和10年代中頃まで続いた。青いままのバナナが台湾から門司港へ輸送され, ムロに入れて 黄色く熟させてから 全国に出荷された。 船で輸送中に黄色くなってしまったものや 加工中に傷ついたものなど, 急いで処分する必要のあるものは, 露店商などによって 口上よろしく啖呵売たんかばいで 売りさばかれた。これが「バナナの叩き売り」の始まり。

「バナナの叩き売り」は かつて, 縁日や路上販売などでよく行われていて, 一種の芸としても評価されていたが, バナナの輸入量が増えて 価格も安くなった 現在では 見ることがなくなってしまった。近年 門司では, 一種の無形文化として“保存協会”によって伝統の保存に努めており, 「バナちゃん道場」によって 叩き売り人を養成したり, 海峡プラザ周辺で実演したりしている。 市内の一部の中学校では, 学習の一貫として「バナナの叩き売りクラブ」というのが 存在しているという。


門司港駅から見て北東にある 旅館 群芳館(門司区港町1-7) に設置されていたが、群芳館は2013年(平成25年)に営業を終了し、2016年(平成28年)に解体された。由来の記プレートはどうなったか不明。

写真

  • バナナの叩き売り発祥の地
  • バナナの叩き売り発祥の地
  • バナナの叩き売り発祥の地 側面
  • 向こうに見えるのは門司港駅

碑文

バナナの叩き売り発祥の地

門司港発展期成会
 有志一同 (氏名略)

地図

地図

門司区西海岸1丁目 付近 [ストリートビュー]