秩父絹 発祥の地
ちちぶぎぬはっしょうのち
西武秩父線
発祥碑の写真の背後に木の囲いがあって,ここに“城谷沢の井”(県の史跡)と呼ばれる湧水がある。 傍らには“頌井之碑”と刻まれた石碑も建っていて,その碑文には この地が 鉢形城主北条氏邦の家臣・朝見伊賀守が養蚕を始めた地であり, 「秩父絹の発祥の地」であることを示している。
秩父地方は耕作可能な面積が少なく,古くから多くの農家で養蚕が行われていた。 さらに農家の副業として絹織物が作られ,堅牢な「秩父絹」として絹の市などで集荷され 江戸の問屋に送られた。
明治時代に入り,女性向けの丈夫で手軽なおしゃれ着として「秩父銘仙」の名は日本全国に知られた。
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