学校教育 発祥の地

がっこうきょういくはっしょうのち

山形線 芦沢駅の南方、種林寺の前に石碑が建つ。ウェブにおいても特に何の言及もなく、不詳。

地域の教育の場として、1873年(明治6年)に種林寺境内に2階建て校舎を建築し、芦沢学校が設置された(学制発布は1872年)。1949年(昭和24年)に同地より南東寄りに新校舎が建設され移転、福原中部小学校と改称し、2014年3月に閉校して福原小学校に統合された。

碑文は石の模様と同化して読みづらく、なんとか読み解いたものの一ヶ所はどうしてもわからないままだ。わからない部分は「中学校の梺に」とも見えなくは無いが、戦後1947年(昭和22年)に開校した中学校のふもとという意味が理解出来ず、不明のままである。たしかに、芦沢小学校(種林寺)も、福原中部小学校も福原中学校も背後に丘を背負う地形ではあるので、福原中部小学校が背負っていた丘になにがしかの学校があったのかとも読み取れるが、想像の域を出ない。

尾花沢市は学校ごとのウェブサイトの用意が無く、地元図書館等で郷土史資料をあたらねばならないのだろう。ただし尾花沢市史には教育史に章が割かれている様子が無い。

写真

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  • 学校教育発祥の地 芦沢小学校跡
  • 学校教育発祥の地 芦沢小学校跡

碑文

学校教育
発祥の地
芦沢小学校跡

清明書

芦沢小学校の創立は明治六年十月二十四日 種林寺境内の一角に北村山六校の中の一校として建坪五十四坪二階建ての校舎にて学業を開始され 芦沢小学校指定許可北村山第六学区となる明治四十四年十二月まで三十九年間にわたり数多の児童を教育卒業する
幾多変遷を重ねて昭和二十四年■学校との■に新校舎が建設され校名も福原中部小学校と改名される その後昭和五十二年に全面改築成り近代的な校舎に生れ変り現在に至る

平成元年十月二十四日 創立記念を期に之を建立

地図

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尾花沢市芦沢 付近 [ストリートビュー]