岡谷 小学校 発祥の地
おかやしょうがっこうはっしょうのち
中央本線 岡谷駅から北に400m、真言宗 照光寺(岡谷市本町2丁目6-43)の石段脇に黒い石碑とステンレス標が並んで置かれている。
明治6年(1873) 4月、照光寺の境内に、岡谷学校が設置された。岡谷学校は照光寺の本堂や庫裏を仮校舎として使用し、地域の児童への教育を開始した。その後、児童数の増加や教育制度の整備に伴い、明治15年(1882) 4月に通学区域の変更や学校の再編が行われ、同校は「小井川学校」へと統合された。
明治22年(1889)、町村制の施行によって平野村が発足したことを契機に、学校の名称は「平野尋常小学校」へと改称された。さらに大正4年(1915) には、高等科を併設したことで「平野尋常高等小学校」へと発展し、地域の教育規模が拡大した。
それまでの平野尋常高等小学校は、照光寺に隣接する校舎を使用していたが、児童数の増加に伴い教室が深刻に不足していた。そのため、新校舎の建設、大正11年(1922) 11月に竣工、同月中に移転して新校舎での授業が開始された。
太平洋戦争後の学制改革に伴い、昭和22年(1947) に「岡谷市立平野小学校」となった。そして昭和29年(1954) 4月、校区の分離変更に伴い、校名から「平野」が外され、創立時の起源に回帰する形で「岡谷市立岡谷小学校」へと改称された。なお、この時に校区を分けてできたのが神明小学校である。
平成25年(2013)、学校施設の耐震化事業に伴う地質調査により、校庭の東側が最大で約10mの厚い盛土で造成された非常に軟弱な地盤であることが判明し、市教育委員会によって統合計画が策定された。その結果、岡谷小学校は平成28年(2016) 3月を以て閉校となった。4月からは、近隣の田中小学校および神明小学校へと分割統合された。これにより、田中小学校は「岡谷田中小学校」として改称・統合され、神明小学校も分割後の統合受け入れ校となった。
なお、閉校となった岡谷小学校跡地(岡谷市山手町2丁目1-1)の校舎や体育館などの建物はすべて解体され、現在は敷地の保全と安全対策を目的とした整備が行われ、展望広場となっている。地盤の軟弱化や法面の崩落リスクに対応するため、市によって約3億円を投じた敷地保全・里山化工事が実施され、令和3年(2021) 3月に竣工した。
写真
碑文
史跡
岡谷小学校発祥の地
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