小学校と 幼稚園を 創設 (自由ヶ丘学園)
じゆうがおかがくえん
東急東横線・大井町線 自由ヶ丘駅から西に250m、自由が丘 デュ アオーネ(目黒区自由が丘2丁目15-4)の植栽に復帰した。
この碑が立つ場所には、かつて手塚岸衛が昭和2年(1927) 4月に創設した「自由ヶ丘学園小学校」があった。手塚が急逝し、昭和12年(1937) 小林宗作がその敷地と校舎を引き継ぐ形で「トモエ学園」を設立した。トモエ学園は自由と創造を尊重するユニークな教育を実践し、俳優・黒柳徹子の自伝的小説『窓ぎわのトットちゃん』の舞台となった。
校舎は昭和20年(1945) 東京大空襲によって焼失し、戦後に廃園となった。その後、跡地には「ピーコックストア自由が丘店」が建設され、その一角に記念碑が設置されていた。同店の建て替え工事に伴い、令和3年(2021) に碑は一時的に撤去され自由が丘商店街で保管されていたが、跡地に「JIYUGAOKA de aone」が竣工した後の令和5年(2023) 11月24日に元の場所に再設置された。
自由が丘 デュ アオーネにあるトモエ学園の記念碑。トモヱ学園が正しい表記なのかな? 1928年にできたトモエ学園の前身の「自由ヶ丘学園」が駅名と地名の由来だったとは! pic.twitter.com/1PVJgxK2ci
— 加野瀬未友 (@kanose) December 23, 2023
写真
碑文
自由ケ丘
Notre Havre de Liberté et de Création
自由と創造の我等が母港1928年(昭和3年)、手塚岸衛は、泉湧き老松を仰ぎみるこの丘に、小学校と幼稚園を創設、「自由ヶ丘学園」と名づけた。「自由が丘」の駅名と地名は、この学園名に由来する。手塚は大正から昭和にかけ、「自由教育」を唱導し、この地に理想の結実をめざしたが、1936年秋、志半ばにして没した。
1937年、小林(金子)宗作は手塚のあとを受け、ここに「トモヱ学園」をおこし、「リトミックによる創造教育」を実践した。1945年、戦災により学園は焼失したが、戦後幼稚園は復興し、1963年、小林の死去に至るまで、その教育は続けられた。私たちこの地に学び育まれた者は、ここにおこなわれた教育が、時をこえて生き続けることを願い、恩師への敬愛と感謝の思いをこめて、この碑を建てる。
1988年4月 自由ヶ丘学園小学校
トモヱ学園小学校 同窓生 並びに 関係者一同
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