関豊小学校 発祥の地
せきとよしょうがっこうはっしょうのち
内房線 上総湊駅から南東に9.4km、摩尼山 東光院(富津市御代原254)門前に小振りな石標が建つ。
明治6年(1873) に東光院の建物を仮校舎とし、豊岡小学校として開校した。明治初期の学制発布に伴い、各地の寺院や民間施設が仮の小学校として利用された事例の一つである。同校はその後、富津市豊岡1441の地に校舎を移転し、地域教育の拠点として長く親しまれてきた。
しかし、周辺地域の過疎化と児童数の減少が進んだことにより、同校は平成27年(2015) 3月に閉校。明治6年(1873) の開校から141年の歴史に幕を閉じ、同年4月からは約5km離れた富津市立環小学校(富津市志駒1189)へと統合された。さらに令和8年(2026) には環小学校も天羽小学校(富津市数馬581ー1)へ統合された。
富津市の御代原(みよばら)にある
— 勝手に富津市広報を努めてます! (@IkigaiTsurumi) July 3, 2026
東光院も初訪問。
県道88号から直ぐです。
境内に石碑があり
“関豊小学校発祥の地“と彫られてました。
関豊小学校は明治6年御代原村の東光院に豊岡小学校が設立されたのが始まりとのこと。
きれいな東屋があり御代原の山が
とても迫力あります。
次はトレランで☺ pic.twitter.com/79G1TtaNq0
写真
碑文
関豊小学校発祥の地
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