村山第一小学校 発祥の地
むらやまだいいちしょうがっこうはっしょうのち
西武拝島線 武蔵砂川駅から 北に2.5 4.5km、八高線 箱根ケ崎駅から東に5.6km、多摩モノレール 上北台駅から西に3.6km。鉄道の無い市の武蔵村山市役所の北 およそ300mに 曹洞宗 吉祥院(武蔵村山市本町4丁目34-1)がある。 寺の本堂前に「村山第一小学校発祥の地」の標識が建っている。
明治の学制が制定されたのが 明治5年(1872)のことで, これに基づき 全国に一斉に小学校が設立 されていった。ここ 吉祥院に 地域の小学校「吉祥学舎」ができたのは 明治6年(1873)のことで, かなり早い時期で あった。それは 江戸時代末期に すでに寺子屋が開かれていた という背景があったためだろう。
吉祥学舎は その後「武蔵村山第一小学校」となり, この地から 250mほど南に校舎がある。
令和8年(2026) に再訪問すると、予想通り木標は折れて転がされていた。
写真
碑文
村山第一小学校発祥の地
明治六年吉祥学舎創立
武蔵村山郷土の会平成十四年九月十五日建之
むらしむらやま歴史
散策東コース②
吉祥院
横龍 山吉祥院は、曹洞 宗長圓寺の末寺で、江戸時代のはじめ長圓寺三世竹同呑行 によって開山されたと伝えられています。本尊は聖観音 で、狭山二十二番の札所になっています。江戸時代の末ごろには寺子屋であったといわれています。明治時代には、明治五年の学制制定に基づき、第一小学校の前身である吉祥学舎が置かれていました。
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