煎餅 発祥の地

せんべいはっしょうのち

京福電鉄 嵐山駅から, 渡月橋とは反対の北に250mほど進むと, 和菓子店“老松”の 嵐山店がある。店の前に 立札があり「煎餅発祥の地」と書かれている。

日本における煎餅の歴史は古く, 9世紀に唐に渡った空海が真言密教を学んで帰国後, 亀の子型の煎餅の製法を山城国の住人 和三郎に伝えて作らせたことに始まると言われる。葛根と米粉に糖蜜などをまぜて練り, これを焼いたものが「亀の子煎餅」として 全国に広まった。

その後 煎餅は, 小麦粉を主原料とした“瓦せんべい”の系統と, もち米やうるち米を 原料とした“塩せんべい”の系統に分れて発展した。

この立札はいつ建てたものか不明だが, かなり古いもののようで, 写真に見るように 文字が風化して読めなくなった部分が多い。無理やり読みとったため, 下記の碑文は不完全で, 読み間違えた部分もあるかもしれないので、関係者の皆様は誤りがありましたらご指摘ください。


新たに札が立て直されたようだ。

写真

  • 煎餅発祥の地
  • 老松 嵐山店

碑文

嵯峨小倉の里
煎餅発祥の地

往古このあたりは「野は嵯峨野さらなり」と枕草子の第一にも上げられ、天皇、貴族は、ここで遊猟し若菜を摘んで遊楽をした。
山城国葛野郡嵯峨小倉の里の住人、和三郎なるもの帰朝した弘法大師空海より煎餅の製法を伝受され、これにより葛根、米の粉に果実の糖液を混合して、これを焼成亀甲煎餅として嵯峨天皇に献上した。天皇は殊のほか賞味され以後、和三郎は亀屋和泉藤原政重と号し、嵯峨御所菓子御用となった。
和三郎は このほかにもいろいろの菓子を考案、製造、諸国に広めた。大同六年(八〇六年)の事と伝えられた。

地図

地図

京都市右京区嵯峨天龍寺 付近 [ストリートビュー]