大和茶 発祥 伝承地

やまとちゃはっしょうでんしょうち

近鉄大阪線の福地駅から南東6kmほどの山中に,真言宗室生寺派の“仏隆寺”がある。
仏隆寺の本堂に向かって左手前に「大和茶発祥伝承地」と書かれた大きな石碑が建っている。

仏隆寺は 室生寺の末寺にあたり,平安時代前期・西暦850年に 空海の高弟・堅恵けんねによって創建されたと言われる古刹で,本尊の十一面観音菩薩立像は聖徳太子の作とされる。参道の197段の石段脇の巨樹は 奈良県の天然記念物に指定されている 通称“千年桜”で,樹齢約900年,根回り7.7m・高さ16mを超え,奈良県内で最大最古の桜として有名。また仏隆寺は 秋には彼岸花が咲き乱れることでも有名。

仏隆寺は 大和茶の発祥地と言い伝えられている。

空海(弘法大師)は,806年に唐より帰国する際に茶の種子を持ち帰りこの地で栽培したのが我が国におけるお茶の発祥と言われている。また仏隆寺には,その際に空海が持ち帰ったとされる茶臼が現在も保存されており,茶樹もまた仏隆寺の境内に保存されている。

お茶がいつ どのようにして日本に伝えられてかに関しては諸説ある。鎌倉時代に栄西が中国から茶の苗木を持ち帰って九州の脊振山で栽培したのが最初とするのが定説であったが,近年は 平安時代に空海が種子を持ち帰ったとする説も有力になっている。

発祥碑に「伝承地」と書かれているのは,いくつかの説があって確定していないことを表しているのだろう。

2012/9 追記

石碑の裏面に書かれた碑文は 碑の背後の樹木が邪魔で,直接読み取ることができなかったが,新たに totteさんから提供していただいた仏隆寺の絵はがき(発行:昭和51年ごろ)に全文が記載されていたため,下記“碑文”欄に転記する。

写真

  • 大和茶発祥伝承地
  • 仏隆寺 案内

碑文

大和茶発祥伝承地

大和茶由来

 我が国における喫茶の最初の記録は,遠く聖武帝の御宇天平元年「宮中に百人の僧を召して茗宴を賜った。」と,公事根元に見られる。
 又,茶樹の栽培については,古くより各地に伝承されているが,佛隆寺は最も古く,入唐僧空海が帰朝の際その種子をもたらし,高弟当山開祖堅恵大徳に山内に播かしめたのを初めとすると言われている。
 爾来,千百数十年に亘り,茶樹が栽培保存され,今日に至った。従って,本県産茶発祥の地であることは勿論,その伝承の古きより本邦茶樹栽培の淵源はまさに当地より始まると言っても過言ではない。
 去る昭和五十年十月,本県で開催された第二十九回全国茶業祭には国内数多の生産地よりの出品茶中これをおさえ,農林大臣賞を初め多数の受賞を得るなど,最優秀生産地の名をほしいままにした。
 依って茲に,全国茶業祭開催を機に,大和茶発祥の由来と遺業を県下生産者と共に識す。

地図

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宇陀市榛原赤埴 付近 [ストリートビュー]