わが国 ゴム工業 勃興の地

わがくにごむこうぎょうぼっこうのち

画像求
撮影:
どなたか見てきてください!

高速長田駅・地下鉄永田駅から南へ500m、新湊川にかかる桜橋北側、阪神高速 神戸山手線 のトンネル上部に設置された新湊川公園北部の南隅にモニュメントが置かれる。

神戸におけるゴム産業は、明治18年(1885) に日本護謨製造所が設立され、ゴム球やゴム枕の製造を行ったことに始まる。明治27年(1894) にはラバー商会が設立されて水枕が製造され、明治42年(1909) には英国資本のダンロップ護謨(極東)株式会社が設立され、人力車や自転車のタイヤ製造が開始された。

大正2年(1913) には阪東調帯合資会社によりゴムベルトの生産が始まり、大正7年(1918) には朝日堂護謨製造所によりゴム履物が開発された。大正10年(1921) 末には西神戸一帯に100軒を超える工場が集積した。

第二次世界大戦後には合成樹脂素材を融合させたケミカルシューズの製造が行われ、地場産業として定着した。

平成7年(1995) 1月に発生した阪神・淡路大震災において、長田区内のケミカルシューズ関連工場および事業所は火災や建物の倒壊により壊滅的な被害を受けた。多くの工場が焼失・全壊し、約半数の工場が被災を直接の理由として廃業または転廃業に追い込まれた。

事業を継続した事業者は、日本ケミカルシューズ工業組合等を中心に復興を進めた。新長田駅南地区の再開発事業に伴い建設された再開発ビル内や周辺施設へ事業所を集約し、共同で生産・販売体制の再構築を行った。また、震災復興を願うモニュメント「くつの扉(ポルタ・ディ・スカルペ)」設置や事業再編が実施された。

8月3日にはビーチサンダル発祥の地をアピールするため、長田区職員がビーサンで業務をするなどしている。

写真


碑文

わが国ゴム工業勃興の地

兵庫ゴム工業会
兵庫県ゴム工業協同組合

地図

地図

長田区川西通1丁目 付近 [ストリートビュー]