畑小学校発祥之地
はたしょうがっこうはっしょうのち
総武線 新検見川駅の北2km。日蓮正宗 清涼寺(花見川区畑町2010)の向い側に小公園 畑町チビッコ広場(花見川区畑町2000-1)があって, その一画に「畑小学校発祥之地」と刻まれた黒御影石の石碑が建っている。
この場所はかつて勧持院という寺があり寺子屋が開かれていたが, 1873(明治6)年に寺子屋を発展させて「花輪小学校」が開校。1893(明治23)年に「畑尋常小学校」と改称した。1947(昭和22) 「千葉市立畑小学校」と改称, 1971(昭和46)に現在地(ここから400m南東)に校舎を新築し移転した。
なお、この地域の行政区画は, 1889(明治22)年に 旧 畑村が検見川村と合併, 2年後には検見川町となり, 更に1937(昭和12)年検見川町が千葉市に編入され, 花見川区の一部となった。
写真
碑文
畑小学校発祥之地
下総之国千葉郡畑村字花輪の勧持寺の寺子屋
法令に依り明治六年三月二十日花輪小学校として開校された畑小創立百三十周年を記念して
賛同者 一,一一〇名平成十六年三月吉日 建立