狩川小学校 発祥之地
かりかわしょうがっこうはっしょうのち
陸羽西線(奥の細道最上川ライン) 狩川駅の南側。見政寺入口に石柱が建つ。
明治6年(1873) 12月、当時の狩川村に「狩川学校」として創立された。この学校は、近代教育の普及という国家の方針を受け、地域の子どもたちに学ぶ機会を提供することを目的に設立されたものである。創立当初、校舎としては村内の寺院である光明寺が充てられ、ここで授業が開始された。
その後、数度の名称変更や学区の改編を経て、明治20年(1887) には「狩川尋常小学校」と改称された。地域に根差した教育を長年にわたり実施し、多くの卒業生を輩出したが、時代の変遷と少子化の進展により、学校の統合が検討されるに至った。
平成21年(2009) 4月、狩川小学校は立谷沢小学校、清川小学校の2校と統合し、新たに「庄内町立立川小学校」として開校した。これにより、狩川小学校としての歴史は幕を閉じた旧狩川小学校の校舎は、大規模な改修を経て、立川小学校の校舎として活用されている。
写真
碑文
狩川小学校発祥之地
狩川小学校創立百二十周年記念
平成六年十一月吉日 建立
狩川小学校同窓会
狩川晋成会石崎幸雄 謹書