金剛能 発生之地

こんごうのうはっしょうのち

近鉄 生駒線 竜田川駅から南東に2km、大和路線(関西本線)の法隆寺駅から北西に3km、,春日神社(生駒郡斑鳩町龍田北4丁目2-36)の社殿の一つの中に「金剛能発生之地」という木の札が掛かっていて「当神社の由来」という案内板には次のような金剛座(=坂戸座)との関わりが書かれている。

金剛流は斑鳩町が発祥の地とされていて 発祥の地碑は瀧田神社にあるが,当時の金剛座の本拠地は春日神社にあったということだろう。またはその逆か。

金剛流発祥之地

写真

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碑文

金剛能発祥之地

當神社の由来

この春日神社は本殿三社と小社西より須佐男之命社続いて猿田彦社,八大童子社,月読之命社,土坂之命社をおまつりしてこの地方の人々の無事健康と五穀豊穣をお祈りしてきました。そして次のような神さまのご託宣をうけています。
「魔をはらい 小高き山の上より氏子を幸わせに導く」と。
中央社殿の棟木には「宝徳二年建之」と墨書されています。室町時代中期で紀元1450年です。しかしそれより以前はこの北の山ふもとにお祀りしていて,右に観音堂があり左に阿弥陀院,鐘楼,湯殿もあったりっぱな神宮寺だったそうで,当時の観音さま(国宝)は今も仙光寺におまつりしています。

この神社は氏子の責任者として春日講(十人衆)の者がお守りしています。また当神社の宮元座は昔板戸座といゝ法隆寺や龍田神社に猿楽を奉納しました。金剛座ともいゝ金剛能発祥の地であると言われています。(志賀剛文学博士)
昭和のはじめまでは龍田本宮(三郷町)と龍田新宮との渡御がありそれには必ず参列しました。また龍田新宮の例祭には毎年古来の様式による御膳をお供えしています。

一月六日 祈念祭・三月十五日 垣結・十月八日 例祭

昭和五十四年十月  春日講中一同敬白

地図

地図

斑鳩町龍田北4丁目 付近