古都保存法 発祥の地

ことほぞんほうはっしょうのち

ナショナルトラスト運動誕生の地

写真


旧URL
http://hamadayori.com/hass-col/culture/KotoHozonho.htm

碑文

古都保存法発祥の地

 この地、御谷おやつは古都としての聖域・鶴岡八幡宮の後方にあたり、谷戸正面の山一体は狻踞峰さんろほうと称する霊地であった。

 昭和39年、この御谷に宅地開発の手が伸びるにいたり、貴重な自然と歴史的環境を守ろうと御谷地区住民と多くの市民が起ちあがり、宅地開発への反対運動を繰り広げた。

 その勢いは国会も動かすこととなり、昭和41年、「古都」をもつ府県選出の国会議員を中心とした超党派の議員立法として「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」(俗に「古都保存法」という)を誕生させた。

 よって、当地を古都保存法発祥の地と称する

神奈川県・鎌倉市

「史跡鶴岡八幡宮境内保存管理計画」見直しの記念碑

 昭和63年3月、ここ御谷および鶴岡八幡宮前面東側の横町を含んで「史跡鶴岡八幡宮境内保存管理計画」が、住民の全く知らない間に策定された。しかも策定後、住民に何の説明のないまま、住民の財産権・生活圏を侵害する厳しい「現状変更制限」が開始された。

 このため、御谷および横町の住民は、巨福呂坂町内会および横町町内会の全面的な支援を得ながら、「史跡鶴岡八幡宮境内保存管理計画を見直す住民の会」を組織して、鎌倉市・神奈川県・文化庁と13年間にわたり、40回以上の粘り強い話し合いを続けた。その結果平成13年1月、住民の財産権・生活圏と文化財の保護とを両立させることを基本として「保存管理計画の見直し」とその「解釈・運用の基準」を住民参加により策定した。

 これは、鎌倉市は勿論のこと、広く我が国の、今後の文化財保護および国指定史跡における保存管理計画策定の規範・指針となるものである。

 このことは、市民自らがブルドーザーの前に立ちふさがることによって、御谷の自然と環境の破壊を防いだ昭和39年の「御谷騒動」を通して、我が国「ナショナルトラスト運動誕生の地」および「古都保存法発祥の地」となったここ御谷住民の輝かしい伝統を受け継いだ市民主義の成果である。

よって、この記念碑を建立して永く後世に伝える。

「史跡鶴岡八幡宮境内保存管理計画」を見直す住民の会
平成13年9月建之

地図

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