ソヲスカツ丼 発祥の店
そをすかつどんはっしょうのみせ
両毛線 足利駅から北西に250m。昭和通りの“通1丁目”交差点にすぐ北東側に、居酒屋食堂まるや(足利市永楽町4-3)がある。店先の看板に大きく「ソヲスカツ丼発祥の店」と書かれている。
「ソヲスカツ丼」は、薄いトンカツを辛めのソースにくぐらせたもの数枚を千切りキャベツを載せた丼飯に載っけたもののようだが、いわゆる“ソースカツ丼”とどう違うのかはっきりしない。
まるやの「ソヲスカツ丼」の歴史は、
今から2代前の店主が、1948(昭和23)年に屋台で「ソヲスカツ丼」を始めたことに始まる。終戦直後の当時は肉など入手できなかったため、鯨肉を使用した鯨カツを作ったが、ただ揚げるだけでは飽きてしまうし、冷めると固くなる。固くなった鯨カツをソースだれに煮込んだところ柔らかくなり、満足感・満腹感が得られた。
その後豚肉が入手できるようになり、ドンカツになって、現在の姿になった。(まるやのホームページから抜粋)
一般の“ソースカツ丼”の起源は諸説あるようだが、東京・早稲田にあった洋食店“ヨーロッパ軒”が、大正2年(1913) に料理発表会で披露し、その後早稲田の店で提供した、という説が有力とされているらしい。
現在ではソースカツ丼は、福井市・駒ヶ根市(長野県)・前橋市(群馬県)・会津若松市(福島県)その他各地の“ご当地グルメ”として提供されていて、その調理法も各種のバリエーションがある。
まるやの「ソヲスカツ丼」は、一般の「ソースカツ丼」に比べてどのような特徴があるのかは不明だが、まるやの店主は言葉遊びがお好きのようで、店内には“自由民酒党”とか“YES WE
令和6年(2024) 頃に主張はトーンダウンし、小さめな看板が足許に置かれるようになった。
写真
碑文
ソヲスカツ丼発祥の店
大正十二年屋台を引き……昭和二十三年小屋になる