バウムクーヘン 日本伝来の地

ばうむくーへんにっぽんでんらいのち

瀬戸内に浮かぶ小島、似島にのしまの桟橋近くの広場の隅に、観光案内板がある。また、島の反対側の臨海公園入口近くにも同じ看板がある

第一次世界大戦で、中国の青島チンタオを租借していたドイツに攻め込んだ日本は、ドイツ兵を捕虜として日本に連行し、大坂の俘虜ふりょ収容所を経て1917年(大正6年)に広島の似島の検疫所にドイツ兵俘虜収容所を置いた。チンタオで菓子職人をしていたカール・ユーハイムもその中にいた。

1919年(大正8年)に広島市内の広島物産陳列館にて開催された似島収容所浮虜製作品展覧会に出品されたのが日本で最初のバウムクーヘンと言われる。

参考 ユーハイム

写真


碑文

ドイツ生まれの銘菓、バウムクーヘン日本伝来の地

菓子伝説の地
似島へようこそ

似島は捕虜収容所、検疫所と戦争の歴史と深い繋がりがあります。各所にそれを物語る遺構があり平和教育のため、多くの人が訪れます。そんな中、注目を集めるのが第一次大戦のときドイツ兵の捕虜収容所があったことからドイツとの文化交流が行われたという歴史です。
広島がサッカー王国だったのはドイツとのつながりのおかげといわれています。またドイツ銘菓バウムクーヘンが日本に初めて伝わったのが似島だといわれています。南区ではそうした歴史を多くの人に知ってもらうため南区七代伝説の一つ、菓子伝説として紹介しています。

(略)

地図

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南区似島町 付近 [ストリートビュー]