男爵薯 発祥の地

だんしゃくいもはっしょうのち

赤松並木のある国道5号(大沼国道)に面して,七飯総合公園から 500mぐらい北西に「男爵薯発祥の地 記念碑」 と書かれた白い木の標識が見られ,その隣に 大きな石碑と 七飯町による説明板が建っている。

この地に“清香園”という農場を開いた 男爵・川田龍吉は,1877(明治10)年に イギリスに渡り, ここで7年間 造船技術を学んだ。1897(明治30)年 横浜ドック=後の三菱重工業横浜造船所の社長に, 1906(明治39)年に 函館ドックの専務取締役となった。

函館に居住することになった川田は,近郊の七飯に 9町歩の農地を購入して 自家農園を開き, 海外から11種にのぼるジャガイモを購入して 試験栽培した。 その中の一品種「アイリッシュ・コブラー」は 味がよく収量も多く,さらに 病気に強いことがわかり, 近隣農家への栽培の輪に広がった。七飯の農業会では このジャガイモを共同で出荷することになり,この時品種名が不明であったため, 川田男爵が育てた品種ということで「男爵薯」と命名し,「メークイン」と並ぶ 優良品種として 全国に広まった。

川田は 1911(明治44)年に 函館ドックを退社。渡島当別(現・北斗市)に新たに農場を開き, 最新式の農機具を輸入し機械化による農業を試みた。1951(昭和26)年に 95歳で死去し,渡島当別の川田農場跡地は 現在“男爵資料館”として, 川田の業績や関連資料が展示されている。

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旧URL
http://hamadayori.com/hass-col/agri/DanshakuImo.htm

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七飯町鳴川1丁目 付近 [ストリートビュー]