北海道に於ける 造船所 発祥の場所

ほっかいどうにおけるぞうせんじょはっしょうのばしょ

函館市電の十字街停留所から北に250m。函館港の西波止場近くに“赤レンガ倉庫群”がある。その中で最大の建物“金森洋物館”の南側に 2棟の蔵造りの建物 “高田屋嘉兵衛資料館”が並んでいる。 その2つの建物の間に 郵便ポストと並んで「北海道に於ける造船所発祥の場所」「高田屋嘉兵衛造船所跡地」 と書かれた 古い木碑が建っている。

高田屋嘉兵衛は 淡路島の出身。18歳で廻船業者を志し,樽廻船に乗り組む。1795(寛政7)年,26歳にして 自分の船を持ち,廻船問屋“高田屋”をおこす。箱館(函館)を本拠地としてクナシリ・エトロフ航路を開いたり 北方漁場を開拓するなどの功を認められ, 33歳の時に幕府から「蝦夷地常雇船頭」を任じられて 苗字帯刀を許され,「高田屋」の財力は急速に上昇した。

嘉兵衛は箱館の発展に尽くし,飲料水を確保するために 数箇所に井戸を堀ったり,道路の改修や植林事業を行ったりした。 1806(文化3)年の箱館大火に際しては 被災者の救済事業や街の復興事業を率先して行った。 これらの事業はすべて 高田屋の私財により行われた。

箱館の港は天然の良港とされたが,遠浅で船の運航には困難を伴ったため, 1804(文化元)年 幕府は港の改良のために 大規模な埋め立て工事を行った。この時 高田屋嘉兵衛は幕府の埋立地の隣に自らも埋め立て工事を行い,ここに蝦夷地で最初の造船所を設立した。

この造船所では,自社船(千石積を超える大型船)を建造したほか,幕府の官船の造船も一手に引き受けた。

写真

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  • 高田屋嘉兵衛資料館

碑文

北海道に於ける造船所発祥の場所

(文化九年 1804年)
高田屋嘉兵衛造船所跡地

地図

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函館市末広町 付近 [ストリートビュー]