北海盆唄 発祥之地
ほっかいぼんうたはっしょうのち
三笠市役所の近く、三笠市幸町の中央公園 東側、三笠市民会館前に、歌碑が建つ。
北海盆唄は、三笠市幾春別地区の炭鉱で働く人々が盆踊りで歌っていた唄を原型としている。もとは「べっちょ節」と呼ばれていた唄で、ベッチョ踊りは労働の合間や盆踊りの場において歌われていたが、歌詞に猥雑な表現を含んでいた。
太平洋戦争後、民謡研究家の今井篁山が中心となり、歌詞や曲調の改訂を行った。卑猥な表現を改め、洗練された民謡として再構成したことで「北海盆唄」が成立した。その後、歌手の三橋美智也による唱でレコード化され、全国的な知名度を得るに至った。
現在、三笠市では北海盆唄を地域の文化として受け継いでおり、毎年「三笠北海盆おどり」や「北海盆唄全国大会」が開催されている。北海盆唄の歌詞には「北海名物 数々あれど おらが国さの 盆踊り」という一節があり、北海道の盆踊りを象徴する唄として親しまれている。
北海盆唄発祥之地として知られる三笠市幾春別は、かつて炭鉱によって栄えた地域であり、炭鉱労働者の生活の中で育まれた盆踊り文化と北海盆唄との結びつきが特徴である。
なお、「北海盆唄」と聞いてもピンとこなくても、最高視聴率50.5%を記録したオバケ番組のオープニングテーマに替え歌が用いられていたことで、昭和生まれならばメロディーを聴けばなんとなく聞いたことがあるように思う人は少なくかろう。
あっぶな、とりあえず間に合ったので北海盆唄発祥之地の碑をアップしておこう pic.twitter.com/NqVU6rPeOr
— たろう tarou 11/24-26関西 (@tarou1944) 2017年6月18日
写真
碑文
北海盆唄発祥之地
ハァ 北海名物
ハ ドウシタ ドシタ
数々コリャ あれどヨ
ハ ソレカラドシタ
俺らがナ 俺らが国さのコリャ
ハ ヤアレット
アレサナ盆踊りヨ
ハ エンヤ コラヤッハ
ドッコイ ジャンジャン コラヤットハァ 五里も六里も
山坂コリャ 越えてヨ
逢いにナ逢いに来たのにコリャ
アレサナ 帰さりょかヨハァ 波の華散る
津軽のコリャ 海をヨ
越えてナ越えて蝦夷地へコリャ
アレサナ いつ来たかヨハァ 雪の荒野を
貫ぬくコリャ 汽笛ヨ
目指すナ目指す幌内コリャ
アレサナ炭鉱 の町ヨハァ 切羽千尺
三笠のコリャ炭鉱 はヨ嬶 とナ嬶 と赤児 のコリャ
アレサナ 為に掘るヨハァ
赤児 大きゅうなれ
嫁入るコリャ 時はヨ父 のナ父 の手のようなコリャ
アレサナ 主へ行けヨハァ 月見坂から
眺めるコリャ 町はヨ
夜もナ夜も眠らぬコリャ
アレサナ炭鉱 の町ヨ
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