北海道 スキー 発祥之地
ほっかいどうすきーはっしょうのち
函館本線
「春光台公園」は旭川市の中心部から北に位置し、なだらかな丘陵地に帯状に設けられた公園。旧日本軍の演習地の一部が戦後公園に指定され、道路で東西に分断された公園の西側部分は昭和45年(1970) から「市民の森」として森を造成するとともに、昭和58年(1983) からはキャンプ場や冒険広場などが造られた。公園の東側部分は現在も未整備のままで自然が多く残されている。
テオドール・フォン・レルヒは明治43年(1910) に、日露戦争に勝利した日本陸軍を研究するために交換将校として来日した、オーストリア・ハンガリー帝国の軍人。陸軍は八甲田山の雪中行軍で事故をおこした反省からスキー技術に注目し、レルヒにスキーの指導を依頼した。最初新潟県高田でスキーの指導が行われ、これが日本におけるスキーの始まりとされている。
明治45年(1912) に旭川の旧陸軍・第7連隊に転属し、北海道で初めてのスキー講習会を開いた。講習会は20人の軍人に民間人も加わり3週間に及んだという。これが北海道におけるスキーの発祥とされる。旭川空港にレルヒの像が建っているが、新潟県高田(現・上越市)と
写真
碑文
北海道
スキー發祥之地春光台地は北海道に於けるスキー発祥の地なり
明治四十五年ニ月旧第七師団にてたまたま在日中のオーストリア人レルヒ中佐 を招き始めて将兵をしてスキー術の指導を受けしむ
これ斯界今日の隆盛を見るの濫觴たり
依ってこの小碑を建てて之を後に伝ふ昭和四十一年六月
題字中俣恭一
建設者 旭川観光協会