稲作発祥の地 農業発祥の地

いなさくはっしょうのち

京丹後鉄道 峰山駅の南東、国道312号で京都府京丹後市峰山町二箇を通りかかると、道路端に「月の輪田」を示す可読性の低い表示に並び、「稲作発祥の地」と書かれた目立つ表示が建っている。この表示から路地を北西に200mほど進むと、北側に月の輪田がある。

月の輪田つきのわでんとは、豊受大神とようけのおおかみが苗代の清水戸せいすいどに浸した籾を蒔き天照大神に奉納したとされる田で、三日月形をしていることから月の輪田と呼ばれた。現在の月の輪田は昭和42年(1967)の耕地整理により10mほど移動し、形も四角くなった。

田圃が3色になっているのは、平成24年(2012)から始まった復活事業において、瑞雲黒米(もち米)、紫稲(うるち米)、紅かんざし(赤米)を植えているのだそうです。大昔は穢れることのないよう女性は立ち入れず、文献に残っている義右衛門は他の者と食事も違えて身を清めたとのことですが、現代では女児を含む小学生たちが田植えをしているようだ。

また、収穫した米は伊勢神宮にも奉納している

訪問した10月は田圃全体が電気柵に囲まれていた。石碑が遠くに見えるものの、稲刈り直前の田圃に電気柵を開いてまで立ち入ることは憚られ、田植えの時期にでも再訪問しようと考えつつタイミングが合わずに今日に至る。

どちらさまか、石碑やその碑文の写真をお持ちでしたらご提供くださいませんでしょうか。

なお、地元の月の輪田保存会のウェブサイトでは、詳しい事情や、昭和3年(1928)、41年(1966)の写真等が見られます。

参考:

写真

  • 稲作発祥の地月の輪田
  • 稲作発祥の地月の輪田
  • 月の輪田 碑文を示す立て札
  • 現在の月の輪田(四角い)

碑文

稲作発祥の地 月の輪田

月の輪田 碑文

月の輪田は三日月田とも云い、大昔豊受大神が苗代の清水戸に浸した籾をここに蒔き、とれた稲種を天照大神に奉ったという遺跡である。代々の領主は除地としてこれを保護し、二箇村の義右衛門は毎年身を清めて稲を作り、白米一斗三升を初穂として伊勢神宮に奉納し、藁は全部この田に入れて翌年の肥料に当てたという。昭和四十二年農業構造改革事業にともない、耕地整理のため、北接十米の二本松稲荷前に移し、柿の木地蔵も併せて合祀し、これを保存すると共に農業発祥の地の由来を記し、後世に伝えようとするものである

昭和四十二年十月建立 二箇区寄贈

地図

地図

峰山町二箇 付近 [ストリートビュー]