稲作文化 発祥地

いなさくぶんかはっしょうち

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遠賀川 右岸 立屋敷地内河川敷に、碑がある。

写真


碑文

稲作文化発祥地の立屋敷遺跡

建て屋敷遺跡は、弥生時代前期(紀元前三世紀ころ)より後期(紀元三世紀ころ)に至る遺跡で、出土品は土器、石包丁、石斧、木製農器具、ほかに集落の住居跡など、年代の異なる三つの層からなっていた。遺跡は約五千平方メートルにわたって分布し、その殆どが伊佐座地区地区にあって、一部が立屋敷地区から出土した。
当時、ここは周囲を湿地に囲まれた中州で、それに大陸からきた弥生人が家を建て、湿田にて稲作を始めたことは、本遺跡の弥生時代前期の出土品によって判明する。また本遺跡は、わが国で最も大陸に近い稲作遺跡で、弥生式文化が東進して全国に伝播したことから、ここはわが国の稲作文化の発祥地として注目されてきた。
遺跡は昭和六年(一九三一)に発見され、昭和十五年(一九四〇)に調査し、昭和五十四年(一九七九)に遠賀川河口堰の建設の際に埋没して、今は遺跡の位置を示す中州を残すだけとなった。

(柴田貞志・文)
平成四年四月 水巻町

地図

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遠賀郡水巻町立屋敷 付近