金栗足袋 発祥之地

かなくりたびはっしょうのち

国道254号 春日通り 大塚三丁目交差点近くの路地を入った建物の壁面に石版が埋め込まれている。エアコン室外機は、石版を隠さないように設置したのだろう。

明治44年(1911)のストックホルムオリンピック前年の予選会に於いて大記録を出し、オリンピックに出場した金栗かなくり四三しそうさんのマラソン足袋を作っていたのがこの地にあった「播磨屋足袋」黒坂辛作さん。日本代表選手になったと言っても、練習方法どころか道具である靴が無い。走り込んでも3日も走れば破けてしまう足袋を繕いつつ練習していたものの、ついに音を上げ播磨屋足袋に泣きつき、儲け度外視でマラソン用足袋開発を引き受けた。

オリンピックに出場すれば優勝とまで期待された金栗選手の結果は、日射病にて棄権。

訪問時は、令和2年(2020)の東京オリンピックに向けて、オリンピックや長距離走が題材となったドラマが放送中で、店先にちんまりとフラッグが掲げられていた。

この建物には黒坂さんのご親戚がお住まいとのこと。

写真

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  • 金栗足袋発祥之地
  • お弁当屋さんファサードに掲げられたフラッグ
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碑文

1982 OCT. セキスイハウス

金栗足袋発祥之地

黒坂辛作

長次郎印

地図

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文京区大塚3丁目 付近 [ストリートビュー]