関西 法律学校 発祥の地(移転)
かんさいほうりつがっこうはっしょうのち
大阪地下鉄 中央線と四つ橋線が交差する 本町駅の北西600m。 靱公園のすぐ北 “京橋堀1丁目西”交差点付近から 少し西に入った, 小さい駐車場ビルの脇に この碑が建っている。
関西法律学校は 関西大学の前身。明治19年(1886) にこの地の願宗寺を仮校舎として開校された。明治38年(1905) に 専門学校令により「私立関西大学」と改称。大正11年(1922) に大学令により「関西大学」へと昇格し 現在に至る。
現在は 大阪府吹田市に本部がある。
移転
側溝をまたぐかわいそうな位置にあるので、創立130周年記念事業として近隣の花乃井公園に新たな記念碑を設置した。
当の石柱は、関西大学千里山キャンパスにある博物館 簡文館前に移設された。
写真
碑文
関西法律学校発祥の地
明治19年11月4日井上操と当時の司法官たちによってこの地のもと願宗寺内に創立された 関西法律学校は 現在の関西大学の前身である
関西法律学校発祥の地
関西法律学校は明治19年 当時控訴院長であった小島惟謙 (のち大審院院長)らの賛成を得て,明治義塾旧監事吉田一士・法律 学士鶴見守義・同小倉久らに より この地のもと願宗寺内に創立された。
現在の関西大学の前身である。西区制百周年記念