中等・高等教育 発祥の地

ちゅうとうこうとうきょういくはっしょうのち

京阪電鉄・大阪市営地下鉄の天満橋駅から南に300m。大阪府知事公舎の向い側の大阪府庁別館の北側に「明治天皇聖蹟・大阪英語学校址」と書かれた石碑と、その横に「大阪英語学校跡」という説明板がある。

大阪英語学校跡

明治初期に学校制度がめまぐるしく変化する中で、この「大阪英語学校」は実にさまざまに名前を変えながら、現在の京都大学につながっている。

1869(明治2)年、大阪に「舎密局せいみきょく」と「洋学校」がそれぞれ独立に開校した。舎蜜局は理化学を教える学校。洋学校は理科・史科・政科・兵科・文科・語科など基礎的な分野を系統的に教える学校だったが、前者は理想が高すぎて学生はあまり集まらなかったといわれる。

  • 1870(明治3)年舎蜜局は「理学校」「理学所」と名称を変更。さらに洋学校と合併し「開成所」と改称。
  • 1872(明治5)年「第一番中学」に改称。
  • 1873(明治6)年「開明学校」に改称。
  • 1874(明治7)年「大阪外国語学校」と改称。さらに「大阪英語学校」に改称。
  • 1879(明治12)年「大阪専門学校」に改称。
  • 1880(明治13)年「大阪中学校」と改称。
  • 1885(明治18)年「大学分校」と改称。
  • 1886(明治19)年「第三高等中学校」と改称。
  • 1889(明治22)年場所を大阪から京都に移転。
  • 1894(明治27)年「第三高等学校」と改称。
  • <1897(明治30)年京都帝国大学創設>
  • 1949(昭和24)年新制京都大学が設置され,第三高等学校を統合。

なお、石碑に「明治天皇聖蹟」とあるのは、1872(明治5)年に明治天皇が「開成所」に来学したことを記念するものと思われる。

写真

  • 大阪英語学校跡
  • 大阪英語学校跡
  • 聖蹟碑反対側

碑文

明治天皇聖蹟
大阪英語学校址
    大阪市青年連合団

  大阪英語学校跡
     (中等・高等教育発祥の地)
 この地に、明治七年十月、大阪英語学校が設置された。起源は、明治二年大阪天満に開設の大阪府立洋学校にさかのぼることができる。
 この学校では、単に語学だけでなく外国語による一般教科目の授業が行われ、広く西日本各地から生徒が集まる特色ある存在であった。
 大阪英語学校という名称は、明治十二年までつづいたが、その後、次々と名称が変わり、ついに、明治二十二年には、学校そのものが京都に移され、やがて第三高等学校(現在の京都大学)となった。

大阪府

地図

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