近代 水泳 競技 発祥の地

きんだいすいえいきょうぎはっしょうのち

土佐電気鉄道 伊野線 菜園場町電停から南南東に300m。鏡川に架かる雑喉場(ざこば)橋の北詰際に石碑が建っており,隣接して説明板が設置されている。

大正から昭和の初期にかけて,まだ学校プールなどほとんどなかった時代,高知市内を流れる鏡川は格好の水泳場であった。単なる子供の遊び場ではなく,雑喉場橋付近は市内の学校共同の水泳練習場であったようで,この橋と上流の潮江橋の間 約500mを往復して練習したという。

鏡川の流れはかなり速かったので,流れに逆らって泳ぐのは大変だった。その少年達の中から 昭和7年にロサンゼルスで開催された第10回オリンピック大会自由形1500m競技で,弱冠14歳の市立高知商業学校生徒・北村久寿雄がオリンピック記録を40秒近く縮める「19分12秒4」の記録で優勝した。彼のオリンピック優勝を記念して,昭和11年には高知県初の50mプールが造られた。

“雑喉場”という地名は,ここにあった魚市場に由来する地名で,大阪にも同じ地名がある。

写真

  • 近代水泳競技発祥の地 説明
  • 近代水泳競技発祥の地
  • 鏡川に架かる雑喉場橋

碑文

めざせ
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近代水泳競技
発祥の地

平成二十年(2008年)二月六日
高知商業高校水泳部OB/OG鏡水会
高知商業高校高知市役所商友会

近代水泳競技発祥の地

 ここ雑喉場橋近く,かつて在った突堤(ハネ)の附近は,流れが緩やかで又,50mターニング台も造られ,格好の天然プールとなっていた。コーチ溝渕治助氏の指導もあり,各校の共同の水泳練習場ともなっていた。特にここで近代泳法を習得した市商(高知市立高知商業学校)弱冠14歳の北村久壽選手は,昭和7年(1932)第10回のロサンジェルスオリンピックの1,500m自由形で金メダル(19’12”4)を獲得したことを筆頭に多くの河童達を輩出せしめ高知の「水泳王国」を築き上げた近代水泳競技発祥の地である。
 つい最近迄,毎年正月にこの地で寒中水泳が開かれていたが,子供たちがこの地で再び水遊びを,そしてオリンピック選手の再来を切に願うものである。

平成20年(2008年)2月吉日
高知商業高校水泳部OB/OG鏡水会
高知商業高校高知市役所商友会

地図

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高知市唐人町 付近 [ストリートビュー]