日本初の プロ野球 開催の地

にっぽんはつのぷろやきゅうかいさいのち

画像求
撮影:
どなたか見てきてください!

名鉄 鳴海駅から北に800m、名鉄自動車学校(名古屋市緑区鳴海町文木90)を見下ろす県道36号の柵の前に、アルミ縁の案内看板が立つ。

鳴海球場は、昭和2年(1927) に愛知電気鉄道が現在の愛知県名古屋市緑区に建設した本格的な野球場である。開場時は両翼106m、中堅132mを超える広大なフィールドを誇り、昭和6年(1931) と昭和9年(1934) には日米野球の会場としてベーブ・ルースらの大リーグ選抜を迎えた歴史を持つ。

この球場が日本の野球史に最大の足跡を刻んだのは、昭和11年(1936) 2月9日のことである。日本職業野球連盟の設立後、国内初となるプロ野球チーム同士の試合がここで開催された。対戦したのは名古屋金鯱軍と東京巨人軍であり、試合は金鯱軍が10対3で勝利を収めた。これが現在の日本プロ野球へつながる歴史の第一歩となった。

戦後は中日スタヂアムの完成などに伴いプロ野球の開催数が減少し、昭和33年(1958) の高校野球愛知県大会を最後に球場としての歴史に幕を閉じた。

翌年の昭和34年(1959) からは敷地が名鉄自動車学校へと転用され、教習コースに生まれ変わった。現在も敷地の外形には球場時代の曲線が残るほか、内野スタンドの一部が現存している。平成19年(2007) にはかつてのホームベース位置に記念プレートが設置され、日本初のプロ野球開催地としての記憶を今に伝えている。

写真


碑文

日本初のプロ野球開催の地 鳴海球場

鳴海町字文木90

鳴海球場は、昭和2年10月に愛知電機鉄道(現・名古屋鉄道)により建設され、昭和33年に閉鎖されました。跡地には翌年、現在の名鉄自動車学校が開校しています。
写真①は、昭和11年2月9日に行われた、日本で初めての職業野球団試合の一幕で、東京巨人軍と名古屋金鯱軍が対戦し、10対3で金鯱軍が勝利しています。この試合には、東京巨人軍の沢村栄治投手が登板しています。
これに先立つ、昭和9年11月22日には、日米野球試合が当地で行われ、ルー・ゲーリック、ベーブ・ルースを擁する全米軍と全日本軍が対戦し、全米軍が6対5で勝利しています。

地図

地図

緑区鳴海町文木 付近 [ストリートビュー]