東京六大学野球 発祥の地
とうきょうろくだいがくやきゅうはっしょうのち
地下鉄銀座線 外苑前駅から舗クセに500m、中央総武線(中央本線緩行線)千駄ケ谷駅・都営地下鉄 国立競技場駅から南東に1km、明治神宮野球場(新宿区霞ヶ丘町3-1)内野三塁側8番ゲート付近の敷地に設置、令和7年(2025) 4月に各チームの当時の主将が集まり除幕した。
大正14年(1925) 秋に現在の6校(早稲田、慶應義塾、明治、法政、東京、立教)による連盟が創設された、翌 大正15年(1926) に明治神宮野球場が竣工した。それ以来、第二次世界大戦による中断期や戦後の一時期を除き、すべてのリーグ戦が同球場で課されてきた。幾多の名勝負を展開し、多くの名選手を輩出してきた歴史の積み重ねから、神宮球場は六大学野球の聖地であり、その歴史が刻まれた地として「発祥の地」の碑が設置されるに至った。
設置された記念碑は、上部から見ると5角形のデザインとなっており、その上にボールと見立てた球体が載っている。碑文はブロンズ鋳造で刻まれており、設置後の5月には台座周辺に白石が敷き詰められるなどの整備がなされ、総仕上げが完了している。
明治神宮野球場にあった「東京六大学野球発祥の地」のモニュメント。
— たくみ@スポーツ応援 (@_baseball_otaku) May 28, 2025
何やらモニュメントの周りを掘ってるなーと思いながら球場へ。
試合後にもう一度見に行ってみたら、ちょっとバージョンアップしてた。
←左が4月の開幕戦
→右が先日の日曜日 pic.twitter.com/gB2u08cK2I
写真
碑文
B.B.L.
東京六大学野球
発祥の地碑 文
明治36年(一九〇三年)に第1回の早慶戦が挙行され、大正3年(一九一四年)には早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学の三大大学によって初めてリーグ戦を組織して試合を行うようになった。大正6年(一九一七年)に法政大学、大正10年(一九二一年)に立教大学が加入したが、早慶戦は行われない変則な状態が続いていた。しかし大正14年(一九二五年)、五大学(早慶明法立)のリーグ戦に秋季から東京帝国大学(現在の東大)が正式に加入し、中断していた早慶戦も19年ぶりに復活、名実ともに充実した東京六大学野球リーグ戦が開始された。
東京六大学野球連盟の創設初試合は大正14年(一九二五年)9月20日の明大対立大1回戦で、当時の明大駒沢球場で開催された。翌大正15年(一九二六年)に当連盟の協力のもと明治神宮野球場が完成すると、以降は米軍に接收された第二次世界大戦後の一時期を除き、当連盟は全ての公式戦を明治神宮野球場で開催し、令和7年(二〇二五年)に100周年を迎えた。
よって連盟創設100周年を迎えた本年、ここ明治神宮野球場の地を「東京六大学野球発祥の地」と定め、記念碑を設置する。令和7年(二〇二五年)4月12日
東京六大学野球連盟
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