日本の 野球チーム 発祥地 新橋

にっぽんのやきゅうちーむはっしょうちしんばし

東海道本線 新橋駅 烏森口から南西に離れた新橋5丁目 新橋加藤ビル付近の路傍に、赤レンガ通り地図と称する金属パネルが設置してあり、1/5程度の面積を使って野球チーム発祥についての記述がある。

日本における野球の発祥については諸説あるようで, その一つ“東京大学発祥”説には学士会館前に「野球発祥の地」碑が建てられている。他にも“北海道大学発祥”説や“熊本発祥”の説などがある。

あまり知られていないが, 新橋は「野球チームの発祥地」とされる。明治4年(1871) に16歳でアメリカに留学した 平岡ひろしは, 帰国後 鉄道局技師に就任し,勤務先の新橋鉄道局の職員を集め『新橋アスレチック倶楽部』なる野球チームを作った。ほぼ同時期に 三田に『徳川ヘラクレス』というチームが作られ, 両チームはよく試合をしたという。

写真

  • 日本の野球チーム発祥地新橋
  • 日本の野球チーム発祥地新橋 碑文

碑文

日本の野球チーム発祥地新橋

新橋は、日本の鉄道発祥地で有名であるが、この鉄道発祥地で日本の野球チームが生まれたといわれている。日本の野球元年は、明治五年(1872)アメリカ人教師ホース・ウィルソンが生徒に野球を教えたのが初めてである。明治十一年、アメリカ留学から帰った鉄道技師平岡凞が、旧新橋駅構内の荒れ地を地ならしし、駅員や鉄同局職員に野球を紹介し、日本初の野球チーム「新橋倶楽部」を結成、明治十五年、日本で最初の野球試合を行ったとされている。

地図

地図

港区新橋5丁目 付近 [ストリートビュー]