松下幸之助 起業の地

まつしたこうのすけきぎょうのち

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伝正院 (東成区玉津2丁目14-8)門前に「松下幸之助起業の地」という石碑がある。福島区で「電気器具製作所」 を創業する前年に, この近くの借家で, 妻と義弟(井植歳男氏=後に三洋電機を創業)の三人で改良ソケットを作った。

東成・生野(旧 猪飼野)は古代から先進的な技術者の集まった土地で、この地の『もの作り文化』は現代にいたるまで数々の独創的な企業を生み、大阪の経済発展に大きな役割を果たして来た。

写真


碑文

此付近 松下幸之助起業の地

旧地名・大阪府東成郡鶴橋町大字猪飼野一三九九一四〇〇番地

此付近 松下幸之助起業の地

旧地名:大阪府東成郡鶴橋町大字猪飼野一三九九一四〇〇番地
現地名:大阪市東成区玉津2丁目7および14

松下電器産業を興し『経営の神様』と称された故・松下幸之助氏(明治二十七年~平成元年)は現・和歌山市の生まれ。
九歳で母のもとを離れて大阪に出、丁稚奉公を経て十五歳で大阪電灯株式会社の配線工となりましたが、大正六年二十二歳の時、自ら考案した『松下式ソケット』を事業化するため会社を退職、この場所で独立の一歩を踏み出しました。
四畳半と二畳の借家の小さな工場で、幸之助夫婦と義弟の井植歳男氏(後の三洋電機創業者)が工夫と努力を重ね、多くの困難を乗り越えて、やがて世界的大企業とする基盤はここで培われていったのです。
東成・生野(旧・猪飼野)は古代から先進的な技術者の集まった土地で、この地の『もの作り文化』は現代にいたるまで数々の独創的な企業を生み、大阪の経済発展に大きな役割を果たして来ました。
幸之助氏がここで業を興したのも、東成・生野の地に新しい産業を受け入れるだけの、多くの先人が耕した豊かな土壌があったからにほかなりません。
本年は松下幸之助氏の生誕110年に当たります。
この偉大な企業家をこの地域の『もの作り文化』の象徴・わが町の誇りとして、起業の地に顕彰碑を建立いたしました。

平成十六年十一月

「松下幸之助起業の地」顕彰会

地図

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東成区玉津2丁目 付近 [ストリートビュー]