守屋一族 発祥の地

もりやいちぞくはっしょうのち

能見(のうけん)城は, 室町時代から戦国時代にかけてこの地を所領した穴山氏の詰城だった。16世紀に武田勝頼は織田氏の侵攻に備えここから北に2kmに新府城を建設し, 能見城は新府城の出城として整備・拡張されたが、勝頼が 新府城を放棄した時に, 能見城も廃城となった。

能見城の遺構は山上に上水施設が建設された際に消滅したという。

中央本線 穴山駅から東に400m。駅のすぐ前の山に「能見城跡」の文字が目に入る。 山道を7~8分登った頂上に上水道の配水池(?)があって, その金網に「能見山城址」の看板がかかっている。この水道施設の脇に石碑碑がある。このあたりは 長靖寺という寺の所有らしいが, 全く手入れがされておらず荒れ放題。

写真

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碑文

守屋一族発祥の地

往時此ノ附近ハ武田信玄之家臣守屋新兵衛尉定知ノ守護シ来リシ地域也此ノ風光明媚ナル勝地ハ萬民等シク賞嘆シ垂涎措ク能ハサリシ處咬龍ハ永ク池中ノ者タラス茲ニ特機到来シ萬民ノ福祉昂揚ノ為吾等氏子相謀テ神域開放ノ擧ニ贊スルニ到ル
希ハ神霊此挙ヲ嘉納シ守護神トシテ本土ノ繁栄ニ未来永劫ニ神德灼力ニ萬劫ノ鎮護ノ御手ヲ垂シ給フコトヲ茲ニ能見城氏神域変革ノ經緯ヲ記シ本碑ヲ建立ス

昭和卅五年四月十一日氏代表守屋逸男

地図

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韮崎市穴山町 付近