ナショナルトラスト運動 誕生の地
なしょなるとらすとうんどうたんじょうのち
横須賀線・江ノ電 鎌倉駅の北方1km。鶴岡八幡宮の境内西側の道路を北に向い, 県立近代美術館別館の前を 狭い路を更に北に入ると, 右側にフェンスで囲まれた 空き地が続く。ここに 「古都保存法発祥の地」碑, 「『史跡鶴岡八幡宮境内保存管理計画』見直しの記念碑」, 「国指定史跡鶴岡八幡宮境内」説明板 の3つが並んで建っている。
- 古都保存法発祥の地もご参照ください
写真
碑文
「史跡鶴岡八幡宮境内保存管理計画」見直しの記念碑
昭和63年3月、ここ御谷および鶴岡八幡宮前面東側の横町を含んで「史跡鶴岡八幡宮境内保存管理計画」が、住民の全く知らない間に策定された。しかも策定後、住民に何の説明のないまま、住民の財産権・生活圏を侵害する厳しい「現状変更制限」が開始された。
このため、御谷および横町の住民は、巨福呂坂町内会および横町町内会の全面的な支援を得ながら、「史跡鶴岡八幡宮境内保存管理計画を見直す住民の会」を組織して、鎌倉市・神奈川県・文化庁と13年間にわたり、40回以上の粘り強い話し合いを続けた。その結果平成13年1月、住民の財産権・生活圏と文化財の保護とを両立させることを基本として「保存管理計画の見直し」とその「解釈・運用の基準」を住民参加により策定した。
これは、鎌倉市は勿論のこと、広く我が国の、今後の文化財保護および国指定史跡における保存管理計画策定の規範・指針となるものである。
このことは、市民自らがブルドーザーの前に立ちふさがることによって、御谷の自然と環境の破壊を防いだ昭和39年の「御谷騒動」を通して、我が国「ナショナルトラスト運動誕生の地」および「古都保存法発祥の地」となったここ御谷住民の輝かしい伝統を受け継いだ市民主義の成果である。
よって、この記念碑を建立して永く後世に伝える。
「史跡鶴岡八幡宮境内保存管理計画」を見直す住民の会
平成13年9月建之