我国 種痘 発祥之地 秋月

わがくにしゅとうはっしょうのちあきづき

甘木市の市街地から 国道322号で北におよそ7km。山あいに 秋月の町がある。秋月城跡に通じる“杉の馬場通り”のほぼ中程に みやげ店 兼 食堂の“黒門茶屋”があり, 店の前に石碑が建っている。

“筑前の小京都”と呼ばれる 秋月。予備知識がないと〈どうしてこんな山の中に……〉と 思ってしまうような, 交通の不便な場所に 突然, 懐かしさを覚える 美しい古い街並みが現れる。鎌倉時代に 原田種雄が秋月の庄に入り 「秋月」を名乗ったが, 江戸時代になって, 黒田長興が秋月5万石の領主となり 秋月城を築いた。 学問や芸術が盛んに行われ, 著名な学者・医者・画家などが現れた。明治になって秋月藩がなくなると, 城下町秋月は人口が急速に減少し 衰退していったが, 開発もされなかったため 今も城下町としての特徴が残り, 優れた史跡や街並みの景観が 残されている。

蘭学を修めた緒方春朔しゅんさくは 天明年間に 秋月藩の藩医となり, 1790(寛政2)年 人痘種痘法によって天然痘予防を成功させた。これは イギリスのエドワード・ジェンナーが 牛痘種痘法を確立するよりも 6年も前のことである。この碑は, 緒方春朔を顕彰するために 地元の医師の集まり“春朔会”によって 2004年に建立された。

天然痘は 1977年 アフリカでの患者発生を最後に 新たな患者発生の報告がなく, 1980年に WHOから 根絶宣言が出された。日本国内でも 1956(昭和31)年以降 患者の発生はなく, 1977(昭和52)年以降 種痘は行われていない。

写真

  • 甘木駅
  • 秋月
  • 種痘発祥之地秋月.
  • 種痘発祥之地秋月 背面
  • 秋月

碑文

我国種痘発祥之地秋月

平成16年7月31日
春朔会

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