人体解剖 発祥の地

じんたいかいぼうはっしょうのち

東海道線 浜松駅の北西およそ1.3km。浄土宗 発心山 菩提寺(浜松市中区三組町185)の境内に碑が建っている。

菩提寺は, 元 浜松城主 松平左馬允(さまのじょう)忠頼が 両親の菩提のために創建した寺。江戸時代は一般の檀徒はなく, 家臣や文化人だけの寺で, 「殿さま寺」と呼ばれていたという。

日本における人体解剖(腑分け)は, 明和8年(1771)に 杉田玄白・前野良沢らにより, 江戸の小塚原で 死刑囚に対して行われたのが最初とされる。この地で行われたのは“浜松における”最初の人体解剖 という意味と解釈できる。

菩提寺の境内には「長谷川直盛之墓」「藤井仙十之墓」と刻まれた2基の墓碑がある。「西遠医会」という文字も見られる。“西遠州の医師会”の意味であろう。

「浜松の史跡」という浜松史跡調査顕彰会が編纂した資料によると, 明治初期の浜松地方は 医学の面でかなり先駆的な動きをしていたようで, 明治初年には県立浜松病院が開設され, 同時に浜松医学校が創立され, 医療活動および医師の養成, 医学の研究に力が入れられた。

上の2人の墓碑は, 浜松における最初の人体解剖が行われたことを記念するもので, 同時に解剖の遺体を提供してくれた2人を供養する碑であるという。藤井仙十は 明治15年(1882), 長谷川直盛は 明治17年(1884)に, 西遠医会の有志によって この菩提寺で解剖された。


浜松市は平成19年(2007)に政令指定都市となり、当地は浜松市中区となった。

写真


旧URL
https://www.hamadayori.com/hass-col/education/JintaiKaibo.htm

碑文

人体解剖発祥の地

地図

地図

浜松市三組町 付近