東海大学 建学の地

とうかいだいがくけんがくのち

写真


旧URL
http://hamadayori.com/hass-col/school/TokaiDaigaku.html

碑文

東海大学建学の地

建学記念碑建立之由来

 東海大学の創設者松前重義は若き日に「人生いかに生くべきか」に思い悩み,心の支えを求めて内村鑑三先生の門をたたき,ドイツとの戦に破れ,その復興は青年の教育にありとして国民高等学校を興した,デンマークの国民高等学校の父といわれるグルントヴィの思想にふれ「わが人生の目標は教育にあり」と決意する。
 この思いはつのり,同志と共に自宅の一室で「聖書研究会」「教育研究会」を開く。昭和十一年(1936),松前重義は逓信省(現在の郵政省)の若手研究グループのリーダーとして,電気通信技術の革命といわれる「無装荷ケーブル通信方式」を発明,その功績に対して電気学会より「浅野奨学祝金」を受け,また同志諸兄の寄付によりその資金をもとに私塾「望星学塾」(東京・三鷹)を開く。この活動が原動力となり昭和十七年(1942年),財団法人の認可を得,昭和十七年(1943年)東海大学の前身「航空科学専門学校」を開校した。
 当時の清水市長山田勝四郎氏の熱心な懇請と松前重義の「文教環境」重視の考え方が一致し,この地清水市三保に建学の第一歩をしるした。それは,当地日本列島の中央に位置し,秀麗冨士をのぞみ,伝説の香り高い三保の松原と黒潮の打ち寄せる太平洋を眺望できる景勝の地であったからである。
 以来四十五年,東海大学はあらゆる困難をのりこえ,国内はもとより世界的にも注目される大学へと発展している。
 ここに創立四十五周年を記念し,十二万人におよぶ同窓生の総意を結集し「建学の原点忘れまじ」の思いをこめて,創設者の校訓「若き日に」の四ヶ条を刻み後に続く青年子女諸君の人生の道標たらんことを願いこの地に建立されたものである。

一九八八年三月吉日   東海大学

地図

地図

静岡市清水区折戸三丁目 付近 [ストリートビュー]