八咫鏡 發祥之地
やたのかがみはっしょうのち
神姫線 美作土居駅から西に約2km、新興住宅地の一角の広場に、四阿と案内板と石碑が並んでいる。
八咫鏡発祥の地。 pic.twitter.com/ugmZSFTQR1
— ししくしろ(44946) (@44946) May 18, 2026
写真
碑文
第十代崇神天皇より第八十一代安徳天皇まで
千二百七十六年間歴代皇位継承の三種の神器の一八咫鏡發祥之地
昭和三十三年七月十三日發掘致し翌年二月十一日赤間神宮御祭神に奉還し御祭祀とせらる
八咫の鏡由来
昭和三十三年七月十三日、作東町天王谷の小社(右方約三十メートルの山裾)より天皇家継承の印しとされる八咫の鏡が同所春名義雄氏によって発掘されました。
美作の東部、勝田郡植月地方には天皇家正統とする後南朝の歴史があり、史実を裏付けるものとして貴重な品であるが、現品は発掘者春名氏によって山口県の赤間神宮に奉献され安置されて居る。
一説によれば源平の興亡を極めた壇ノ浦の合戦において、土居・妹尾家(前方の山の持ち主)の先祖が、ひそかに、持ち帰ったものとのロマンに満ちた逸話もあり、よって安徳帝を祀った同社に奉献されたものか、発掘者春名氏も今は物故の人となり知るすべもない。土居地区史跡保存整備委員会
「ひそかに、」の部分が何者かによって塗り込められている。
コメント