武相 不動尊 霊場 発祥之地

ぶそうふどうそんれいじょうはっしょうのち

南武線 武蔵溝ノ口駅、東急田園都市線 溝の口駅から東に約1lkm、川崎身代わり不動尊 大明王院(川崎市高津区下作延4丁目26-1)東側の駐車場フェンスに沿って、石碑が建つ。

身代り不動尊 大明王院の貫主(最高責任者)であった木所正衆大僧正が中心となり、新しい巡礼ルートの開設を発案した。対象とした地域は、多摩川流域を中心とする東京、横浜、川崎、そして旧国名である武蔵・相模にまたがる広いエリアである。木所大僧正は、この地域に点在する不動尊を祀る寺院に対して、互いに連携して霊場を組織しようと広く呼びかけた。

この呼びかけに応じた寺院が集まり、昭和43年(1968) に大明王院において「武相不動尊連合会」が発足した。この組織が、現在の「武相不動尊二十八霊場」を運営する基盤となっている。

この霊場巡りを立ち上げた最大の功労者であり、発起人でもある大明王院の木所正衆が、そのまま連合会の初代会長に就任。これにより、大明王院が霊場の事務局や発祥の地としての役割を担うことになった。

連合会が結成された翌年の昭和44年(1969) に、霊場に指定された各寺院で一斉に不動尊の扉を開く公式な御開帳イベント「初開帳」が実施された。この初めての試みは多くの参拝者を集め、大成功を収めたという。

大明王院
ニッポンの霊場

写真

  • 武相不動尊霊場発祥之地
  • 武相不動尊霊場発祥之地
  • 武相不動尊霊場発祥之地 背面 碑文

碑文

武相不動尊霊場
發祥之地

發祥之縁起

武相不動尊は大明王院貫主木所正衆大僧正が多摩川を中心とした東京横浜川崎武蔵相模地区に廣く呼びかけ昭和四十三年大明王院に於て武相不動尊聯合会を発会した 初代会長は発起人であり功労者である身代り不動尊大明王院貫主木所正衆が就任した。翌昭和四十四年酉年を以て初開帳を行い盛況を極めた。

昭和四十四年吉日 武相不動尊聯合会

地図

地図

川崎市高津区下作延 付近 [ストリートビュー]