レコード 発祥の地

れこーどはっしょうのち

川崎駅の東側、京急大師線 港町みなとちょう駅構内 エレベーターホール付近に、発祥の地を示すプレートが設置されている。

港町駅は、昭和7年(1932)に「コロムビア前」として開業時し、昭和18年(1943)の休止まで称された。当駅北側の集合住宅の敷地は、日本コロムビア㈱の工場跡地で、2007年に移転・閉鎖された。近くを走る国道15号線からも見えていたので、記憶にある先輩方は少なくないことだろう。

工場から転換された集合住宅3棟のうち、リヴァリエB棟の1階のカフェギャラリーではレコード発祥の地を物語る常設展示がある。

駅南側、国道409号 大師道 港町駅入口交差点附近には、レコード製造の始まりを説明する標柱が建っている。

写真


碑文

レコード発祥の地

現在、マンション棟が建っている場所はかつて日本初のレコード会社である日本コロムビア株式会社があった場所で有、レコード発祥の地と呼ばれています。こんな所にも「音楽のまち・かわさき」の一端を見つけることができます。


日本コロムビア株式会社 川崎工場 跡

明治41年(1908年)、創業者フレデリック・ホイットニー・ホーンは、工場の建設に着手し、翌年4月に操業を開始。5月に国産第一号の片面円盤レコードを発売し、明治43年(1910年)には、国産初の蓄音機「ニッポノホン」4機種を発売しました。


大正3年(1914年)、松井須磨子『カチューシャの唄』が発売され、全国的に流行して以降、並木路子・霧島昇『リンゴの唄』の大ヒットを始め、古賀メロディーや美空ひばりなど、時代を彩る数々の名曲が、ここで製造されて全国各地に広がっていきました。


昭和6年(1931年)3月、東洋一を誇るコロムビア・マークのネオン塔が完成。戦時中に一時撤去されることもあったが、川崎の名所となり、長年多くの人に親しまれました。


川崎工場は、国内発のLPレコードやCD、CDプレーヤーを世界に先駆けて発売。国内外から高い評価を受けました。


またレコードやCDだけでなくTV、ラジオの家電を始め、様々な製造を行っていました。

LPは、Long Playing の略で、78回転のSP(Standard Playing)盤よりも遅い33 1/3 回転で記録され、同じ直径30cm(12インチ)盤で長時間の録音が可能となった。
CD=Compact Disk。直径12cm 厚さ1.2mmの光ディスク。780nmの赤外線レーザーでデジタルデータを読み取る。

レコード発祥の地

〜日本コロムビア川崎工場で生産された名曲・名盤

(略)

〈シングルレコード〉は直径17cm(7インチ)で45回転用の中心の穴を大きく開けたものが主流であったため、見た目のイメージからドーナツ盤とも呼ばれました。表裏に1曲ずつ収録して「A面」「B面」とし、A面曲をメインとしてヒットを狙うのが通常で、EPレコードと称される事もありました。

シングル盤とEPは同じ7インチ盤だが、シングル盤は45回転、EPはLPと同じ33 1/3回転で、EPの方がシングル盤よりも録音時間が長く「コンパクト盤」「17cm LP」などと呼ばれ、シングル盤とは盤面サイズ以外は別物である。

川崎歴史ガイド◉東海道と大師道
レコード製造の始まり

いち早く川崎に進出した日米蓄音機製造株式会社。明治四二年、日本最初のレコード製造がこの工場で始まった。今日まで心に残る数々の名曲がここから全国へ送り出されている。

地図

地図

川崎市川崎区港町 付近