泡瀬 京太郎 発祥之地
あわせちょんだらーはっしょうのち
昭和33年(1958) に保存会が結成され、保存会がその存在を伝え続けている。
☆祝いの出し物にチョンダラーズ
— チョンダラーズ【県産パフォーマンス集団】 (@chondallars) 2018年2月8日
☆スーツアクターの役者で結成
☆ブルーお住まいは泡瀬
☆恭野郎
チョンダラー発祥の記念碑と無理やり結び付けてみる…。 pic.twitter.com/UFrzzE3D02
平成21年(2009) 3月に泡瀬公民館建物ちかくで除幕となったが、なんの事情か、平成29年(2017) までに敷地の北東隅の道路に面した場所へ移設された。
写真
碑文
泡瀬京太郎発祥之地
泡瀬の
京太郎 は明治三十九(一九〇六)年に村のコー(龕 )が仕立てられた祝いの出し物として 喜屋武盛廣ほか泡瀬の青年たちが寒水川 芝居の役者だった富里のターリーから習い受け上演したのが始まりです
昭和三十三(一九五八)年に 泡瀬京太郎保存会が発足 昭和五十四年に沖縄市の無形文化財 昭和五十五年に沖縄県の無形民俗文化財に指定 また平成十七(二〇〇五)年に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として国選択を受けた
平成十八年に泡瀬上演百周年を迎えここに記念の碑を建立する平成二十一年三月八日
泡瀬復興期成会
泡瀬京太郎保存会題字揮毫 ▢▢川▢一