美里村 教育 発祥之地
みさとそんきょういくはっしょうのち
沖縄自動車道 E58 沖縄I.C.から北東に3.2km、ヌンドゥルチャー(沖縄市美里2丁目8-16)前に横長の石碑と台座には碑文が設置されている。
明治15年(1882)、旧越来村内に越来小学校、旧美里村内に美里小学校が開校した。美里小学校は、美里間切番所の詰所を校舎として開設された学校であり、沖縄県が設置された琉球処分後の地域における近代学校教育の歩みを示す存在である。
明治19年(1886) には、越来小学校と美里小学校が合併し、字越来に校舎を置く美越小学校となった。明治21年(1888) には、美越尋常小学校へと改称された。その後、地域の学校教育は分かれて発展し、美里尋常高等小学校などの学校が設けられた。
昭和49(1974)年4月には、コザ市と美里村の合併に伴って沖縄市が誕生したことで「沖縄市立美里小学校」と改称された。
「美里村教育発祥之地」の石碑は、昭和57年(1982) 3月21日に建立された。
写真
碑文
美里村教育発祥之地
当地隣屋号前川小上屋敷
美里間切下知役詰所跡に於いて明治十五年三月二十一日美里小学校が開設される。
教育創設の跡地を美里村教育発祥の地として美里小学校創立百周年を記念してここに建立する昭和五十七年三月二十一日
(西歴一、九八二年)沖縄市教育委員会
(原文侭)
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