高水村塾之址
たかみずそんじゅくのあと
岩徳線 高水駅から北東へ850m、浄土宗 正覚寺(周南市樋口328)の入口近くに石標が立っている。
明治31年(1898)、高水村の有志によって「高水村塾」が設立された。この学び舎は地域の子弟教育の中心として機能し、多くの人材を育成した。その後、同塾は大正9年(1920) に「高水中学校」へと発展し、現在の高水高等学校の基礎となった。長らく地域の教育を担ってきたが、昭和29年(1954) に同校が岩国市へと移転したことで、この地における学校としての役割を終えた。
また、同じ跡地には「楽学(らくがく)の碑」も併設されている。この「楽学の碑」は、学校の設立や維持に尽力した当時の高水村民の、教育に対する強い熱意と情熱を称えるために建てられたものである。これら二つの碑は、地域住民が一丸となって次世代の育成に注力した歴史を伝える史跡として、周南市の文化財として保存されている。
「の跡」は、発祥地でないことも多くよくわからず基本的にはコレクションには入れないが、碑文に「この地に創立」とあるので、コレクションに入れる。
高水村塾之阯…他 pic.twitter.com/e4aOECUZJJ
— いちこ (@takasugi_ichiko) September 16, 2024
写真
碑文
高水村塾之址
本塾は 明治三十一年 この地に創立され その後 高水中学 高水中学校 高水高等学校となり その間 多くの人材を出したが 昭和二十九年 岩国市南岩国に学園を移し その地で 伝統を継承し 現在に及んでいる
昭和四十二年十一月
高水高等学校長 宮川澳男 建
表碑文 立命館大学総長 末川 博 書
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