泡瀬 京太郎 発祥之地

あわせちょんだらーはっしょうのち

京太郎チョンダラーはかつて沖縄で行われていた祝福芸で、太鼓や歌三線うたさんしんの演奏に合わせて演じる。1906年(明治39年)に地区の人びとが、泡瀬地区の祝い事の場で初めて演じたとされるのが泡瀬の京太郎。沖縄への伝承は古く、京都から来た人が教えたのか、あるいは京太郎という人がその芸を作ったのかわからないと18世紀初頭の琉球王国の記録にある。明治になって、寒水川スンガー芝居があり、その役者に教えてもらって泡瀬の祝い事での上演となった。

1958年(昭和33年)に保存会が結成され、保存会がその存在を伝え続けている。

2009年3月に泡瀬公民館建物ちかくで除幕となったが、なんの事情か、2017年までに敷地の北東隅の道路に面した場所へ移設された。

写真


碑文

泡瀬京太郎発祥之地

泡瀬の京太郎チョンダラーは明治三十九(一九〇六)年に村のコー(ガン)が仕立てられた祝いの出し物として 喜屋武盛廣ほか泡瀬の青年たちが寒水川スンガー芝居の役者だった富里のターリーから習い受け上演したのが始まりです
昭和三十三(一九五八)年に 泡瀬京太郎保存会が発足 昭和五十四年に沖縄市の無形文化財 昭和五十五年に沖縄県の無形民俗文化財に指定 また平成十七(二〇〇五)年に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として国選択を受けた
平成十八年に泡瀬上演百周年を迎えここに記念の碑を建立する

平成二十一年三月八日

泡瀬復興期成会
泡瀬京太郎保存会

題字揮毫 ▢▢川▢一

地図

地図

沖縄市泡瀬2丁目 付近