鮎の友釣り発祥地伝説について
あゆのともづりはっしょうちでんせつについて
友釣りの原型は、江戸時代の安政年間(安政2年・1855前後)に伊豆国君沢郡(現在の伊豆市付近)で考案されたとされる。
当時、伊豆の狩野川流域に住んでいた人物が、川に生息する鮎の強い縄張り行動に着目した。死んだ鮎や人工の擬餌針では反応が薄いことに対し、生きた鮎に鼻カンや針を取り付けて泳がせたところ、縄張りを持つ野鮎が激しく体当たりし、掛かることを発見した。この釣法は「友釣り」と命名され、狩野川の漁師や釣り人の間で急速に広まった。
狩野川は水質が良好で藻類が豊富に繁茂し、縄張り意識の強い高品質な鮎が多く育つ環境であった。この地理的・生態的条件が、友釣りの手法を確立・発展させる上で適していた。明治時代から大正時代にかけて、狩野川で確立された友釣りの技術や用具は日本全国の河川へ普及した。
苔食って、仲良いと思ったら、ナワバリ持って喧嘩する魚の気持ちなんてこれっぽっちもわかんない🥹
— 佐藤 直樹 (@naonoumigasuki) August 7, 2026
今日は朝7時半から17時半まで狩野川の中にいました(笑)
休憩なし!
でも難しいから面白い。
鮎の生体から勉強し直しです!
帰りに『狩野川 鮎の友釣り発祥の地伝説モニュメント』を見てきました!😊 pic.twitter.com/zzNu0n9gLw
写真
碑文
■狩野川・鮎の友釣り発祥地伝説について
修善寺大平にあった普化宗瀧源寺の虚無僧で尺八の名手としても名高い、法山志定(ほうざんしじょう)寛政10年没(1798年)という方が居ました。
あるとき狩野川の大岩の上で尺八の練習をしていると、川の中の至る所で縄張り争いか、口を開けて尾ビレに向かって攻撃している鮎の様子に気づきました。
このことから、おとりの鮎に掛け針を付けて釣る方法を考案し漁師に伝えたのが鮎の友釣りの始まりとされています。
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